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2009年03月30日

天地人 第13回「潜入!武田の陣地」

今週の天地人は冒頭のナレーションで、兼続や景勝たちの年齢に触れ、「あふれる若さで戦国時代をchange!」と言っておりましたなー。

「chenge!」って・・・。

上杉景虎のことを「イケメン貴公子」と言ってたのもそうだけど、なんかカルいのう。

篤姫以前の大河ドラマの視聴率が何年も低迷していたので、戦国武将ブームにあやかって若い世代の視聴率を上げたい、ということなのかもしらんが。 



ところで「天地人」ラストの天地人紀行で、高坂弾正の肖像画が画面に出てたけど、あの達磨さんのようなギョロ目をむいた顔を見てがっくりきちゃった女性は多いのでは。

高坂弾正が今でいうイケメンであったのは有名ですからねー。

若き日には小姓として信玄の伽もつとめ、寵愛も深かったのに、信玄が浮気しちゃったもんだから、高坂に宛てた「出来心なんだ、ごめ〜ん!」な内容の信玄の詫び状も残っています。

そんなわけでどんなイケメンくんだったんだ?と期待していた向きにはちと酷な肖像画ではありますかね。

歴史上の人物で美貌をうたわれた人というのは、肖像画を見ると、う〜ん?ということも多いので、(今の美男美女の基準と全然違うので当たり前ですが)、肖像画を見る時はあまり期待しすぎないようにしましょー。(^^;)。




ドラマの中では、武田勝頼はアホな2代目の典型扱い、そのせいで高坂弾正は苦労しているという設定のようですね。

武田家に伝わる軍学書、「甲陽軍鑑」にも勝頼を貶める記述は多く見られます。

でも勝頼は戦場での功績も多く、勇将との評価もあり、信玄が当主であった時代より、勝頼の代になってからのほうが武田家の領地が多かった時期もあったのですが。

もっとも勝頼が家臣団をうまく纏められず、それが武田家の崩壊につながったのも事実ですけども。


「天地人紀行」では「甲陽軍鑑」は、高坂弾正がほとんど書いたとされている、というナレーションがありましたが、本当にそうかどうかは怪しいとも言われています。

甲陽軍鑑は、軍記を中心とした文書によくあるように、合戦に関する記述に「うそ、偽り、大げさな表現」(昔のJAROのCMかよ)が多いため、あまり信頼のおける史料ではないことも昔から言われていました。

(「川中島の戦いはやらせだった!?」の記事でも少し書きましたが、近年の研究では、必ずしも信頼がおけない部分ばかりでもない、という声も上がってきているので、どっちなんだ、という感じなのですが。)


同じ人物でも、違う面から見れば全然違う人物像が浮かんでくることもあるので、一概には言えませんが、甲陽軍鑑の執筆者が誰であるにせよ、執筆者の武田家との関わり方や立位置から、勝頼に関する記事を捻じ曲げて書いたということはあるかも、ですね。
posted by 新説好き at 11:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 天地人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新説好きさん、こんばんは(o'∀'o)

足跡をたくさんありがとうございます(*`艸´)

ヒヨは日本史がとっても好きで色んな本を読んだり
テレビを見たりしてるのに詳しくはなぃ・・・という
とっても残念な人なので、ヒヨのあっぽぅブログを読んで
がっかりされてるのではないかちら(T∀T;)

新説好きさんのようにしっかりした文章を書けないヒヨなので
(VσェV)ほじほじぃ・・・な感じで読んでやってくだせぇ
ヒヨは新説好きさんの更新を楽しみにしております v(o'ε`o)

Posted by ヒヨ at 2009年03月30日 22:30
コメントありがとうございまーす!

ヒヨさんのブログ、女の子らしい、かわいいブログで私は好きですよ(^^)。
ブログパーツのこまねこちゃんもお気に入りだし。

特に関西一円の小旅行の記事など、私も行ったことのない史跡や施設へも行かれていて、楽しく読ませてもらってます。

またちょくちょくブログにお邪魔しますね♪
Posted by 新説好き at 2009年04月01日 10:41
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